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夏休みの自由研究・ぼくのご先祖様は調所広郷さん!歴史を訪ねる旅

夏休みの自由研究・ぼくのご先祖様は調所広郷さん!歴史を訪ねる旅

Released Tuesday, 5th December 2017
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Tuesday, 5th December 2017
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去年の夏
子どもたちと歴史を楽しく学ぶ会で、薩摩の財政改革の救世主、調所笑左衛門さんを取り上げ、調所さんのオリジナル紙芝居を披露しました。

image去年8月の歴史のお話し会(鹿児島市・福昌寺跡にて)

そこにお母さんが調所さんの7代目子孫という川原さんご一家が来ていました。

imageお母さんが7代目子孫の川原さんご一家(鹿児島市在住)

息子の颯人くんと鉄平くんは、それまでお母さんから、調所笑左衛門というご先祖様がいた事は聞いていましたが、詳しい事は知りませんでした。

image調所さんの8代目子孫・颯人くんと鉄平くん

横浜からゲストでお招きした7代目子孫の調所一郎さん(刀剣刀装研究家)とも初対面。

image7代目子孫と8代目子孫のツーショット!
何だか似てる!

ご先祖様のことをもっと知りたい!
川原さんご一家の調所さんゆかりの地を訪ねる小さな旅が始まりました。

image兄の颯人くんは、去年この旅を自由研究にまとめました

まず向かったのが、調所笑左衛門さんが眠っているお墓。
薩摩藩の最高職・家老として活躍した調所さん。

鹿児島の人でも、知らない人が多いかもしれませんが、調所さんは島津家の菩提寺だった福昌寺跡に眠っておられるんです。

image鹿児島市の福昌寺跡

颯人くんと鉄平くんも生まれて初めて、調所さんのお墓参り。
亡くなってちょうど170年目の夏にご先祖様にご挨拶です!

imageご先祖様・笑左衛門さんにお花を供えました

image

そして、次に鹿児島市にある調所さんの銅像に向かいました。

image銅像は天保山公園(鹿児島市天保山町)にありましたimage調所さんはこの天保山の造成にもあたった

幕末に近い頃、500万両もの借金を抱えていた薩摩の財政改革を命じられ膨れ上がった薩摩の負債を解決したばかりか、貯えまで残し、藩の財政を蘇らせたこと、それがのちの斉彬公の行った集成館事業や明治維新の原動力となっていたことなどが書かれていました。

image2人はここに来たのも初めて!銅像前で記念撮影

「ご先祖様は、すごい人だったんだ」と誇らしい気持ちになったそう
調所さんは貯えたお金で鶴丸城の修復や、新田開発なども手がけました。

県民に長い間、親しまれた甲突川の五大石橋も調所さんの発案だったんだそうですよ。

image石橋が移設保存されている石橋記念公園(鹿児島市祇園之洲)

1993年の8・6水害で新上橋と武之橋は流失してしまいましたが、今は3つの石橋が移設保存されています。薩摩の財政力と肥後の石工・岩永三五郎の技術力があってこそ生まれた歴史的所産です。

image移設保存された西田橋

最後は調所さんの旧邸宅跡を訪ねましたが、その場所は、マンションになっていました。

image調所さんの邸宅跡(鹿児島市平之町)

調所さんはもともと貧しい下級武士の生まれで、12才で調所家に養子に入り15歳で髪を剃って茶坊主となり、お殿様に仕えました。
時の島津重豪公の目に留まり、その才能を見出され登用されていったのです。

image紙芝居「調所広郷物語」より
© saki fuchigamiimage紙芝居「調所広郷物語」より
© saki fuchigami

~颯人くんの自由研究「ぼくのご先祖様」より~

「500万両の借金を返すのは本当に大変だったと思う。奄美や徳之島の人々から、サトウキビをきびしくとり立てるのは本当はいやだったと思う。

でも、その借金をなくし、50万両もたくわえたので、すごいなぁと思った。
ぼくはご先祖様が、こんなにがんばり者ですごい人だった事を知って、とても誇りに思った。」

image「ぼくのご先祖様」は社会科作品コンクール・鹿児島地区で 表彰されました!

最後に、颯人くんは、調所さんの事を、鹿児島の人がどのくらい知っているのか、近所のスーパー前で、突撃インタビユー!
10代~70代以上の人・100人に聞きました

結果は…
調所笑左衛門さんを知っている人  15人
知らない人   85人でした。
どんなことをした人か知っている人は100人のうち、2人でした。

颯人くんは…
「あまり多くの人に知られていなかったのでとても残念でした。
調所広郷も、西郷隆盛や大久保利通のようにもっと有名になるといいなと思いました。明治維新で活躍した鹿児島の人達のことをもっともっと勉強したくなりました。」

image調所さんゆかりの地を訪ねた川原さんご一家

歴史の街歩きを楽しむ人が増えています。

観光コースの史跡めぐりも楽しいですが、こんな風に自分たちで調べながら薩摩の礎を築いた方々の足跡を辿る歴史探訪は一段とワクワク感が増しそう。

川原さんご一家、楽しい旅を有難うございました!
そして、お兄ちゃんに刺激を受けた弟の鉄平くんが、今年の紙芝居会の主人公・薩摩の若き家老、小松帶刀について調べたそうです!
image
小松帶刀と鉄平くんの歴史めぐりのお話は、また後日ということで…

【おわりに】

最後にもう一つ、調所さんのゆかりの地をご紹介しましょう。
薩摩焼の里、東市来町美山の玉山神社の手前にひっそりと調所さんの招魂墓が残っています。

image東市来町美山

当時行き詰っていた薩摩焼の増産と陶工達の生活の改善に力を尽くしたことから、苗代川の人たちは調所さんが亡くなった一年後に招魂墓を建て、長い間祀り続けてきました。

徹底した財政改革の断行、跡継ぎをめぐるお家騒動では西郷さんや大久保さんと対立、最後は密貿易の嫌疑をかけられ自害したこと等から調所さんは長い間、歴史の表舞台で評価されず、むしろ悪者のように言われてきました。

亡くなった一年後に苗代川の人たちの感謝の思いから建立された招魂墓は、調所さんの功績を物語る隠れた史跡といえるでしょう。

<<鹿児島の隠れた史跡・福昌寺跡ゆかりの調所笑左門広郷さん!

【調所さんゆかりの地の地図】

墓(鹿児島市池之上町 福昌寺跡)
調所広郷邸跡(鹿児島市平之町)
銅像(天保山公園)
石橋記念公園(祇園之洲)

苗代川の招魂墓(日置市東市来町美山)





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imageimage調所一郎さんは、薩摩藩の財政改革の救世主・調所広郷の7代目子孫で「西郷隆盛という生き方」の編著imageposted with カエレバ桐野作人,調所一郎,德永和喜,西郷隆文,若松 宏,山城洋一,福岡孝純,徳田秀子 里文出版 2017-12-08 Amazonで見るimage楽天市場で見るimageYahooショッピングで見るimage




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